相続は、被相続人が亡くなったことにより、その方の財産や権利義務が一定の人々に承継される法律上の制度です。その承継先となる人物を、民法では「相続人」と定義し、さらにその中でも、被相続人の意思によらず法律によって指定される相続人のことを「法定相続人」と呼びます。
相続実務おいては、まずは、この法定相続人が誰であるかを確定させることが、重要です。
本稿では、法定相続人の範囲と順位、配偶者との関係、養子縁組と相続、代襲相続、特別受益と遺留分、さらには相続放棄や相続人不存在の問題に至るまで、実務の観点から総合的に解説します。
1.法定相続人の範囲と順位
民法第887条以下において、相続人となるべき者の範囲とその優先順位が定められています。原則として、次のとおり順位に従って相続人が決まります。
- 第1順位:被相続人の子(直系卑属)
- 第2順位:被相続人の直系尊属(父母・祖父母)
- 第3順位:被相続人の兄弟姉妹
この順位は排他的です。つまり、第1順位の相続人が存在する場合、第2順位以下の者は相続人とはなりません。同様に、第2順位の者が存在する場合、第3順位の兄弟姉妹は相続人とならないのです。
たとえば、被相続人に子がいる場合には、その子がすべての相続財産を受け継ぐこととなり、親や兄弟姉妹は法定相続人となりません。一方で、子がいなければ、親(直系尊属)が、親も亡くなっていれば兄弟姉妹が相続人となります。
2.配偶者の地位――常に相続人となる特別な存在
被相続人に配偶者がいる場合、その配偶者は常に相続人になります。順位による排除は受けず、必ず法定相続人として地位を持つ点が特徴的です。
ただし、配偶者が単独で相続するわけではありません。あくまで他の法定相続人と相続分を分け合う関係になります。
たとえば、被相続人に子と配偶者がいる場合、配偶者と子の法定相続分はそれぞれ2分の1です。被相続人に直系尊属(両親など)と配偶者がいる場合は、配偶者が3分の2、直系尊属が3分の1を相続します。兄弟姉妹と配偶者が相続人となる場合は、配偶者が4分の3、兄弟姉妹が4分の1を取得するのが原則です。
なお、内縁の配偶者(婚姻届を出していない事実婚)は、法定相続人には該当しません。これはよくある誤解の一つです。遺言による遺贈などでしか相続的な承継を受けられないため、法的配偶者と認められるための婚姻の届出が極めて重要となります。
3.養子縁組と相続――養子は法定相続人となるか
養子は、民法上の親子関係を形成することから、当然に法定相続人となります。実子とまったく同じ相続権を持ちます。
養子縁組には「普通養子縁組」と「特別養子縁組」がありますが、相続上は以下のような違いがあります。
- 普通養子縁組:実親との親子関係も存続するため、実親・養親の双方の相続人となり得ます。
- 特別養子縁組:実親との親子関係は終了し、養親とのみ親子関係が発生します。
ただし、養子縁組をする時点で、養子に子がある場合などは、注意が必要です。養子が先に亡くなった場合、養親が死亡した時に養親の代襲相続人にならない場合があります。
また、相続税法上の「養子の数」に制限があります。これは節税目的の濫用を防ぐ趣旨で設けられています。
4.代襲相続とは何か――孫や甥姪の相続権の意味
本来、相続人となるべき者が被相続人の死亡以前に死亡していた場合、その者の子が代わりに相続する制度を「代襲相続」といいます。民法第887条2項以下に規定されています。
典型的なのは、被相続人の子が既に死亡している場合に、その子(=被相続人の孫)が相続人となるというパターンです。これは直系卑属の代襲相続であり、さらに再代襲(ひ孫など)も認められています。
兄弟姉妹についても、本人が死亡している場合には、その子(甥姪)が代襲相続することができますが、この場合は1代限りで、再代
襲は認められていません。
たとえば、被相続人に兄弟姉妹が複数おり、そのうち一人がすでに死亡していて、その人に子(甥)がいる場合、その甥が代襲相続人となります。兄弟姉妹が相続人となるケースは相続順位としては第三順位ですが、直系尊属や子がいない場合には重要な役割を果たします。
5.特別受益と相続分の調整――生前贈与は無視できない
被相続人が、生前に一部の相続人に対して特別な利益(たとえば住宅の購入費用や学資金、事業資金など)を与えていた場合、それを「特別受益」と呼びます。
民法903条に基づき、この特別受益は「相続財産に持ち戻す」必要があります。つまり、形式上は亡くなったときに存在しない財産であっても、相続分を算出するにあたっては「存在していたもの」として扱うという考え方です。
特別受益があった相続人の相続分は、当然ながらその分が減額されることになります。これによって、他の相続人との間での公平が図られます。
ただし、「持ち戻し免除の意思表示」があった場合には、被相続人の意思に従ってその利益を相続財産に算入しないことも可能です。これには明確な証拠が必要であり、口頭での説明や曖昧なメモなどでは不十分とされることが多いため、実務上は遺言書による明確な記載が推奨されます。
6.遺留分とは何か――最低限の取り分の保障制度
被相続人が遺言で全財産を特定の者に譲渡した場合、他の相続人は一切受け取れないのでしょうか? 答えは「No」です。民法は相続人のうち一定の者に「遺留分」という最低限の取り分を保障しています(民法1042条)。
遺留分を主張できるのは、次の相続人に限られます。
- 配偶者
- 子(直系卑属)
- 直系尊属(親・祖父母)
兄弟姉妹には遺留分が認められていない点に注意が必要です。
遺留分の割合は、遺留分権利者全体で法定相続分の2分の1です。たとえば、配偶者と子が相続人で、子に全財産を与えるという遺言があった場合、配偶者は自分の遺留分(法定相続分の半分)を侵害されたとして、侵害額請求が可能です。
2020年の民法改正により、遺留分の請求方法は「遺留分侵害額請求権」として、金銭債権化されました。これにより、遺留分侵害額を請求された側が不動産を共有化されることなく、金銭で清算できる仕組みとなり、相続紛争の複雑化を防ぐ実務的な効果が期待されています。
7.相続放棄と相続人不存在の場合の対応
相続人が相続放棄をした場合、最初から相続人でなかったものとみなされます。たとえば、子が全員相続放棄した場合、次の順位である直系尊属が相続人となります。
全ての相続人が相続放棄した場合や、そもそも相続人が存在しない場合には、家庭裁判所が「相続財産管理人」を選任し、相続財産の清算や債務の弁済、残余財産の国庫帰属などを進めます。
このような手続は一般市民にはなじみが薄いため、相続放棄が連鎖したケースでは、司法書士や弁護士によるサポートが不可欠となる場面も少なくありません。
8.おわりに――法定相続人の確認は、相続の出発点
相続手続の第一歩は「誰が相続人であるか」を明らかにすることです。戸籍の調査、家族関係の確認、生前贈与や養子縁組の有無など、法定相続人の確定には多くの情報が必要です。
法定相続人の知識は、相続トラブルを防ぐ上でも、また円滑な財産承継を実現する上でも不可欠です。専門家の助言を仰ぎつつ、冷静かつ公平な相続を目指すことが、遺された者への最大の配慮となるでしょう。